About

20160427_加藤寛大ドットコム用

プロフィール

加藤 寛大 kato kanta (かとう かんた)千葉県流山市出身、流山→八王子→渋谷(現在)に住む。元経営コンサルタントの実業家です。1989年6月23日生まれの26歳。(2016年05時点)流山市立東部中学校>千葉県立柏高等学校>首都大学東京と全て公立学校で育ってきました。

これまでの経歴。

知る人は知る千葉県流山市で生まれ育ちました。幼い頃は金町に居たそうですが、記憶0なのでカウントしていません。

小学生の頃は、水泳のコナミスポーツ育成コースに入り、クロール/平泳ぎで地区の大会優勝や入賞するなど活躍、中学に入りバスケを開始。高校ではキャプテンとして活躍していました。(バスケは中高どちらも千葉県大会の半ばくらいで負けてしまいましたが。。)

大学生時代は、今は無い学生国際ビジネス団体IBASを設立運営し、シリコンバレーを中心としたスタディーツアーを実施し、GoogleやAppleなどの大企業やスタンフォード大学、UCLA、UCバークレーなどの有名大学、コワーキングスペースなどを見学し現地の起業文化を研究していました。

卒業後は、大手外資コンサルティングファームのアクセンチュアからスピンアウトしたスカイライトコンサルティングに大手上場企業を中心とする数社のコンサルティングを経験。傍らで、21歳から設立に協力していたALL ROUNDERを支援しながら、26歳でモンド・ディマリを設立し、0から1を創り出すプロフェッショナルを育成する”ZeroOne事業”に専念しています。その後、コワーキングスペースを展開する株式会社ビジョナリー・スペースの取締役にも就任し、神保町を中心に起業家向けのコワーキングスペースの展開も行っております。

理念:世界を動かす人を創る

行動の根本にある考え方

さまざまな活動をしてきましたが、21歳ごろから自分の中にある一つの強い軸として、「世界を動かす人を創る」という物があります。

大きな口を叩いてしまっていますが、私個人として、大切にしている言葉があります。

Dream as if you’ll live forever. Live as if you’ll die today.

日本語にすると、「永遠に生きるかのように夢を見て、今日死ぬかのように生きろ。」でしょうか。これはジェームスディーンという若くして亡くなったアメリカの俳優で、1950年代の若者のカリスマ的存在だったそうです。名言を先に知って、後から本人のことを調べたのですが、彼が亡くなったのは24歳でした。

私自身が「世界を動かす人を創る」ことに命を懸けようと想っているのは、何十通りも何百通りも自分自身の死ぬ際にどういう状態であれば満足するかという事を考えた結果この理念に行き着きました。

死ぬときに、自分が生きた未来と、生きなかった未来を比較してあまり変わりが無ければ生きた意味がないと想い、自分がどのように世界を変えるのが一番なのだろうかと自問自答を続けこの理念に行き着きました。

今、世の中は多くの課題や、問題が山積みとなっています。その一つ一つを変えて行かなければなりませんが私ひとりでは到底時間が足りません。そこで、しっかりと自分の目で世の中を捉え、自分の手足で一つ一つ世の中を変革できる人を育てる事で、多くの課題への解決に挑戦しようと想う様になりました。今はまだ、「今からアフリカ行こう!、中東行こう!、アジア行こう!」と言って、周りの友人に声をかけても「忙しいから、今は難しい、仕事があるから」と言って断られてしまいます。

そのような世界ではなく、そこに課題があり、自分たちができることがあるのであれば、自分たちが率先して前に立ち、直ぐに行動できる人達を多く創ることが必要だと考えています。

そのために必要なこと

理念を達成するために、「世界を確りと理解し自分の言葉で話せる」、「時間とお金に余裕がある」、「次の未来を描きそれを自分自身で創っていける能力がある」人を育成していきたいと考えています。

その人たちが集まれば、誰かに人生をコントロールされること無く本質を見抜き、前に前に世界を推進していける世界が出来上がると想っています。

自分の描く世界を創っていく一つの手段として、「起業」という選択肢が有るのではと考えてからは、「起業」をして事業を起動を載せ、上手く大きくしていく事のできる能力とは何か。をよく考え自身の「0から1を創り出す力」を必死で手に入れてきました。(まだまだ、成長段階です。)

学生団体を運営していた時も、教育事業を設立したときも、経営コンサルティングをしている時も勿論、この自分の原則に則って生きてきました。それだけでなく、ラーメン食べているときも、シャワー浴びてるときも、電車に乗っているときもいかにしたら早く、上手く実現できるのか考えてきました。

正解は無いけれど、正しそうな方向へ進む

その時々で大きな選択をしなければいけない時があります。その際に正解というものは存在しないと考えていますが、正しそうな方向は見つけることができます。

その道に、恐れずまっすぐ進むことで次の道が見えてきます。
その決断ができるよう、まずは自分の自信の理念とは何かを振り返って考える事が「0から1を創る」上で大切なのだと改めて考えるようになって来ました。

今までの活動実績

自分の行動原理を少しご説明したところで、次は今までその考えの下で何をしてきたのかについて簡単にご紹介します。

学生国際ビジネス団体IBAS

今は無くなってしまいましたが、学生時は「学生国際ビジネス団体IBAS」という団体を設立・運営していました。

シリコンバレーを中心にGoogleやAppleといった大企業や、スタンフォード、UCLA、UCバークレーといった大学見学、コワーキングスペースなどのスタートアップの見学などを行うアメリカ西海岸ツアーや、日本の活動として経営者のインタビューや講演会の運営などを実施していました。

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※1枚目の一番右にいるのが学生時代の私です。UCLAで撮影しました。

ALL ROUNDERの設立運営

22歳から支援させていただいている、教育事業のALL ROUNDERでは設立メンバーとして長期に渡り参画させて頂いています。今では東京だけでなく、大阪も含め累計1,600人以上の学生及び、社会人が会員として参画しています。

ファイナンス、PR、マーケティング、経営戦略など経営者に必要な経営力を学べる環境を構築しています。経営者を目指す、優秀な若者が集う環境が近くに存在することは非常に大きな資産となっています。

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経営コンサルティングファーム

新卒としてコンサルティングファームに入り、休職期間を抜くと約3年ほどコンサルティングに従事してきました。詳細にはお伝えできませんが、上場企業数社の新規事業立案・推進支援、フランチャイズ化支援、システム開発PMO、マーケティング戦略立案支援など多岐に渡る事業を経験させていただきました。

一人のビジネスマンとしての立ち振る舞いや、話し方・考え方、資料作成や戦略の立案、意思決定の方法など3年とは思えないほど多くの能力や実績を得る事ができ、非常に感謝しています。また、今後も実業家兼、経営コンサルタントとしても働けるように日々経営力の向上には努めています。

コンサルティングの依頼がある方は個別にご連絡下さい。

モンド・ディマリ株式会社

その後、独立し2015年12月からモンドディマリ株式会社の代表として活動させていただいています。最近では東京大学の学生からの依頼で、講演に登壇させてもらうなど、少しずつ世の中に自身を発信していますが、まずは地盤を固めること。

「0から1を創るプロフェッショナルを育成する」ZeroOne事業(教育事業)を中心に活動させていただいています。
そこで、将来長期に渡って世の中の課題を発見し、地道な行動と高度な思考・知識で世の中を良い方向に起動できる人材を多く育てることが喫緊の取り組みです。

教育に加えて、シンガポールなど今後のアジア情勢の変遷を調査すべく視察やVC及びアクセラレータ、大学の訪問・見学なども行っており、日本人が世界に羽ばたく上での通過点となれるようコネクションの強化も地道に実施しております。

また、現在は株式会社ビジョナリースペースというコワーキングオフィスを神保町中心に展開する事業の取締役にも就任し事業家たちに活動できるスペースを渡せるよう活動しています。

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モンド・ディマリ株式会社HP


連絡先

個別にご連絡がある場合下記からお願いします。ご連絡の際はブログからきましたと一言いただけると幸いです。
長文ご覧頂きましてありがとうございました。どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。
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